Tuesday, December 27, 2011

安倍晋三さんと麻生さんの意見が一致して、二人で取り組んだ「価値の外交」という概念がある。日本から始まって、ベトナムを回って、シンガポールを通って、インド洋へ出て、アラブ諸国に至るという、“お月様”みたいな弧があって、それらの国々はみんな経済がうまくいっていて、繁栄している。その繁栄の奥には「価値」があるということである。

価値とは、例えば「自由は尊い」ということ。「民主主義は尊い」「言論の自由は尊い」「家族仲良く暮らそう」「相手を侵略しない」「軍事力には金をかけない」といったことで、それらの価値観が各国において共通していて、みんな繁栄している。

麻生さんはその「繁栄の弧」の上にある国々を回って、「今の価値観でもっと一緒にやろう」という話をして大成功した。そこで、それを「自由と繁栄の弧」と発表した。しかし、日本ではそのことを誰も褒めていない。

中国やロシアはそれを脅威に思っているはずだ。「自由と繁栄の弧」に囲まれたら勝ち目がない。中国やロシアには、国内にそういう価値がまったくないのだから。

国内にないものを今からつくろうと言われても困る。もしつくったら、共産党政権はなくなってしまう。そうした意味で、麻生さんが発表した「自由と繁栄の弧」とは、実はものすごい思想攻勢なのである。

日本の経験がこれからの世界を動かす / SAFETY JAPAN [日下公人氏] / 日経BP社 (via aso)
2010-09-24 (via yasaiitame)
Tuesday, November 22, 2011

18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/23(日) 21:03:48.33 ID:tRr7PsAT0
だが、そんな狂った現状を「おかしい」とちゃんと知っている人もいたりする。

平成15年5月31日、東大での講演会。
麻生タロー先輩が語ったエピソードに
こんなんがある。

「中国や韓国と外交をするうえで、歴史問題をどうすればいいと思うか」
という質問を受けた麻生氏は、

「歴史認識を一緒にしようといっても、隣の国と一緒になるわけがない。
たとえば朝鮮人の創氏改名の話。
日本が満州国をやる前に創氏改名の話が出たことは一回もない。
しかし、当時、朝鮮の人たちが日本のパスポートをもらうと
名前のところにキンとかアンとか書いてあり「朝鮮人だな」と言われた。
仕事がしにくかった。だから名字をくれ、といったのがそもそもの始まりだ」
と答えた。

これを韓国で言ったところ灰皿が飛んできたという。
そのときに「若い者じゃ話にならない、年寄りを呼んでこい」と言ったら、

韓国のおじいさんが現れて、「あなたのおっしゃる通りです」
と言ってくれた。

19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/23(日) 21:04:18.02 ID:tRr7PsAT0
その後、講演会の続きで麻生氏が、

「ハングル文字は日本人が教えた。うちは平仮名を開発したが、
おたくらにそういう言葉はないのか、と言ってハングル文字が出てきた」
と言ったらもっとすごい騒ぎになった。

だが、その時もそのおじいさんが、
「よく勉強しておられる。あなたのおっしゃる通りです」

と言って、その場は収まった。


つまり韓国でも、
当時を知る老人は
正しい歴史的事実を知っているっぽいのね。

韓流がなぜ”駄目”なのか、»1が淡々と教えてやるスレ
Monday, August 15, 2011
Tuesday, July 12, 2011

記憶力の良さをインテリジェンスだと見なしているのは中国だけではなく、これは東洋国全般に言えることだろう。日本の学校の試験は記憶力テストだし、幼児期においても、例えば日本の保育施設の図画工作では「みんなで同一のゴールに到達しましょう」という目標設定をしてから同じ材料で同じものを製作させることが多く、これなどは、どういう順序で何をすればゴールに到達できるのかよく見て覚えなさい、という教育であり、要するに記憶力の訓練なのである。

これは中国や韓国、シンガポールなどでも同じだそうで、テーブル一杯に様々の材料を並べ、「何を使ってもいいし何を作ってもいい、好きにしろ」という英国の保育施設の図画工作の時間は、フリーダムというより、職員が怠慢過ぎ。と怒るお母さんはだいたい東洋人である(インド人の場合もある)。

しかしながら、好き勝手にやれというフリーダムには「自分で決断する」「試行錯誤しながら解決法を見出す」という人生の最重要タスクが含まれているのも確かで、言い方を変えれば、英国のガキどもは幼少のみぎりから決断を下す訓練をしているとも言える。

とはいえ、当然ながら幼児が自分で物事を決めれば失敗の連続であり、悔し泣きをして癇癪を起したり、激怒してあたり一面のものを床に投げ落としたりして、保育士から「ノー・サンキュー!」と叱られ、号泣しながら、だんだん子供たちは決断上手になって行く。

しかし、失敗からちっとも学ばない子供というのもいて、こういうやり方では「正しい決断が下せる個人」と「間違った決断しか下せない個人」の能力差や、その結果としての社会的階級差が広がるのは確かである。なぜなら、こうした「自分で決めなさい」の教育では、あらかじめ「こうすればうまく出来ますよ」という成功モデルを記憶させることをしないからである。

が、大きな決断を下す場合に必須である肝っ玉や直感的センスというものは、こうした訓練無しには身に着かない。なぜなら肝っ玉やセンスというものは生まれついた性質や才能ではなく、「大失敗するかもしれないというリスクを背負い、全く手本や前例のない中で、自分で決断を下して来た」経験の連続から習得するものだからだ。

と、ここまで書くとお気づきの方もおられるだろうが、「決断の下せるリーダーがいない」国には、こうした決断の練習をさせる教育ポリシーがない。と言えはしないだろうか。

我が祖国の政治家にリーダーとしての肝っ玉がないというのは、政治家がエリートだからではなくて(政治家なんてものはどこの国でもエリートだ)、自分で決断して直接やりかぶらなくていい教育を受けたせいだ。日本の子供の教育で重視されるのは、決断力や自信というよりは脳内データベースの豊かさだ。そしてそのデータベースの重厚さと正確さによって「優秀だ」と評価されて来た人々は、前例のない事態が勃発した時には混乱してしまう。なぜなら、前例のないことはデータベースの中に含まれていないからである。

そしてこういう教育を受けた人々は、指導者というポジションには不向きだ。なぜなら、リーダーとは、ぶっちゃけた話、他人のために自信を持って決断を下せる個人だからである。

とは云え、世の中には「ただ一つの正しい道」など存在しないので、どのような教育が正しくて、どれが間違っているということはない。どの教育も、別のタイプの人間を効果的に製造するという点で、それぞれ正しいのである。

THE BRADY BLOG:セオリーから導く開国のススメ

なぜ麻生さんが際立って優秀なリーダーだったのか? なぜ短命に終わった最近の自民党政権総理大臣たちもまた優秀だったのか?(実務経験と決断、リスクテイクの経験)

なぜ学歴エリートたるテレビ新聞などのマスメディア人が麻生さんに激しい嫉妬と憎悪を燃やし、政権が短命になるようにウソも卑劣さもいとわず殺しにかかったのか? (リーダーとしての資質への嫉妬)

なぜ学歴エリートたる民主党政権のリーダーたちまた、さんざんリーダーをおとしめることにばかり注力してきて、いざリーダーになってみるとおそろしく有害なのか? (欠落した資質への嫉妬と、欠落の実証)

これらの理由となった要素のうちの一つが見事に説明されているように見えます。

(via windsock)